荒垣は温い温い湯に浸かる。冷えきってしまう瞬間の、湯が水になる時が何とも言えず気分がよいのだ。そういう妙な温度の湯に浸かりながら荒垣は色々な事を考える。明日の夕飯の献立のこと。仲間のこと。今はあまり行っていない学校のこと。自分のこと。そして公子のこと。荒垣は公子のことを考えると息が詰まりそうになる。公子と一緒に居るときとは違う息苦しさに襲われて仕方がない。公子の一挙一動を思い返しては心臓がぎゅっと痛むのだ。
荒垣は長く生きられない。公子よりずっと早く死ぬ。それは誰かに殺されてか、あるいは自ら進んで縮めた寿命からか、どちらなのかは分からない。しかし荒垣はじきに死ぬ。荒垣からすれば、今この瞬間に自身の心臓が鼓動して、浴槽に張られた水の冷たさに震えていることが奇跡なのである。だが奇跡はそれ以前にもあって、それが公子だった。公子の存在は荒垣の心に深い足跡を残している。その上から何を被せようがその足跡は絶対に消えないし消えてくれない。公子は荒垣から『死んでもいい理由』を奪ってしまった。荒垣は死ぬ事を恐れていない。死という現象自体は何も恐くない。ただ、荒垣が死んだ後の公子の事が気がかりだった。公子は荒垣が死んだら悲しむだろう。延々泣き続けるかもしれない。その後はどうなる。荒垣は公子の中に過去の人間として残る。あくまで過去だ。暫くして公子は新しい恋人を見つけ幸せになるだろう。荒垣は公子の幸せを願っている。しかし、やはり公子を自身の手で幸せにしてやりたかった。何かを悟ったかのように振舞い、生活し、死を待っていた荒垣はしかしやはり18歳の少年だった。彼は今死にたくないと確かに怯えていたのだった。
「畜生」
呟いて、それから荒垣は小さくくしゃみをした。何はともあれ、彼は今、生きているのだ。