ストレンジラブ



※朱狡・ドM狡噛/暴力表現あり注意
※ある意味パロディ







 一番始めに奥歯を抜かれた。常守監視官のやわらかで細い指が俺の口内に侵入して、それから鋭い痛みに襲われるまでは、さほどかからなかった。この華奢な女のどこにこんな力があるのだろう、それほどあっさりと、常守監視官は手際よく俺の歯をひっこ抜いてしまった。
 馬鹿のように血が出た。唾液のように溢れてはボタボタと落ちるので、半開きで痙攣する唇をなんとか閉じようとしたが、それは叶わなかった。今までに経験したどの痛みより耐えがたかったのだ。悲鳴のような唸り声が喉から漏れた。涙も止まらない。流したくなどないのに身体は素直に痛みに反応する。
 常守監視官は満足そうに、痛みにのたうつ俺と抜き取った歯を交互に眺めていた。あの、少女のような純粋な微笑みでもって、「狡噛さんの歯、すごくきれい」と嘆息を漏らしている。その目は新人としてやってきたあの日となにも変わっていないように、俺には見えた。今の彼女は処刑人と何一つ変わらないというのに。
 彼女は俺に罰を与えているのだ。俺は上の命令に逆らった揚げ句、犯人をとり逃がし、民間人に多数の犠牲者を出した。そして、本来ならばあの場でドミネーターによって処刑されてもおかしくない数値にまで、犯罪係数が上昇していた。猟犬に相応しくない、ただの狂暴な犬を生かしておく道理など本来はないのだから、俺は最早死刑囚となにも変わらなかったのだ。だが常守監視官はそれをよしとしなかった。涙を流し、「どうか狡噛さんを殺さないで。今の狡噛さんに猟犬としての価値すらないというのなら、私が狡噛さんを猟犬に戻します。だから彼を殺さないで」と訴えた。
 常守監視官の熱意に折れたギノは上層部にかけあい、晴れて俺は猟犬として生かされることとなった。ただし、『本当に猟犬として』。
 俺はその日から常守監視官の犬として仕付けられることとなった。もともと俺達潜在犯の人権なぞあってないようなものだったので、その点において、俺は非人道的だとか、そういう抗議を上げようとは一切思わなかった。むしろ、これから常守監視官のためなら何だってする、そういう存在になろうと思った。
 ――そして手始めに常守監視官は、罰として俺の歯を抜いた。

「ごめんなさい、痛かったでしょう、狡噛さん。でも、これも狡噛さんのためですから」
「っふ、う、ぁ、」
「安心してくださいね、犬歯は残しますから。狡噛さんは猟犬ですものね」

 俺の頭をひとなでして、それから常守監視官はふたたび俺の口に手を差し入れた。えずきそうになりながら、なるだけ彼女の手に歯を立てないように口を開けてやる。まだ、彼女の指くらいなら食い千切る体力はある。だが食い千切れば常守監視官は痛みと、俺に裏切られたという現実に泣くだろう。それはあまりにも可哀想だ。

「しつけなんです。許してくださいね」


 馬鹿だな、こんなことしなくったって、あんたの命令には逆らわないよ。ずいぶん前から俺はあんたの犬なんだから。そう言えたなら楽だろうになと俺が夢想するなか、無慈悲な痛みが全身を貫くように走って、俺は意識を手放した。

 ようやく俺が目をさましたころには、俺の歯は間抜けにも犬歯以外すべてなくなってしまっており、俺自身はベッドに横たえられていた。不思議と歯茎に痛みはなかったが、全身が重く、動くことができなかった。常守監視官、と空に呟いてみても、犬の唸り声のような音となって空気を震わせることしかできなかった。
 ああやっと俺は犬になれたのだ。不思議と、その安心感だけが心を満たしていた。サイドデスクには犬用のマズルガードのような物が置かれていて、俺はきっと、これを付けて生活することを強制される。飼い主に噛みつかないようにだ。こんなものを付けなくたって噛みつきやしないが、俺はもう犬なのだからかまわない。
 常守監視官、俺はきっといい犬になるよ。あんたの命令ならなんでもする。無駄吠えもやらないし噛みつきもしない。ただ一つ、悲しいことはあるけれど。一度くらい、あんたの名前を呼べばよかったって、俺はそう思っているんだ……。だってそしたら、あんたはきっと、喜んでくれたに違いないから。




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異常なのはどちら




2012-11-09 08:02