コンドームの端を律儀に縛って捨て、それから宜野座はベッドでけだるげに横たわる弥生を気遣う素振りもなく、シャワールームへとひとり消えていった。弥生はさんざん体液で汚された体を雑にシルク地のハンカチで拭った。宜野座のスラックスのポケットからくすねたものだった。
宜野座は(弥生にとって)、よくわからないブランドもので全身をかためている。血生臭くなる職場だというのに、何十万という金を支払い誂えてもらったスーツを着ているのだそうだ。ふだん、特に誰かを誉めるわけでも、また自身のことを何か自慢するでもない男が、そのスーツや、あるいは身に付けている装飾時計のことだけは、誇らしげにしているのだなと、弥生は普段の会話からそう感じ取っていた。だから弥生は宜野座への些細な嫌がらせとして、そういう……青臭い体液を上等なハンカチで拭うということをしている。宜野座に抱かれるたびに。
宜野座はなにも言わなかった。宜野座は弥生を抱くときひどく優しくない男になる。弥生を露骨に性欲の捌け口とし、また、それ以上の存在としてみていないかのように扱う。だから宜野座は後ろめたかったのかもしれないと弥生は推察していた。何も言わないのだからと彼女自身やめてやるつもりも罪悪感ももたなかった。
ハンカチを適当にサイドデスクに投げて、弥生はシャワールームから漏れる水音を聞きながら髪を櫛で鋤いた。時折、弥生の烏の濡れ羽のような美しい髪を掴んで、乱暴にすることも宜野座は好んでいたようで、そのように扱われた後は、いつもこうして櫛で丁寧に鋤いている。漆塗りのみごとな櫛は、弥生の濃い髪によく似合う。宜野座が何年か前に、気まぐれに寄越したものだった。
暫くしてシャワールームから出た宜野座は、既にダークスーツを着込んでいた。かたちよく結ばれたネクタイに、やや皺が寄ったシャツが少しだけ不格好だ。弥生はやわらかく口角を僅かにつり上げて、手早く櫛で髪を纏めあげた。
「六合塚、お前まだそんなもの持っていたのか」
「いけませんか」
「別に。ただお前のような女は物に執着しないものだと思っていた」
「折角よさそうなものをいただいたのに、簡単に棄ててしまうほど私は馬鹿な女じゃありません」
「ふん。殊勝な女だな、お前は」
宜野座はサイドデスクに投げられたハンカチを一瞥し、それを雑に掴みポケットへ捩じ込んだ。眉間に薄く皺が寄っている。
のろのろとベッドから出た弥生と入れ替わるように宜野座はベッドに倒れ込む。端末に溜まったメッセージに目を通しながら、弥生のたおやかな四肢を眺めて、
「かわいそうなおんな」
と吐き捨てるように言った。弥生はとくにその言葉に反応することもなく、シャワールームへと消えてゆく瞬間に、「少し眠るのでしたら、私が起こして差し上げますよ」とだけ告げたのだった。弥生は宜野座という人間の扱い方をよく知っている。おそらく宜野座自身以上に。
「おやすみなさいね、ぼうや」
弥生がそう小さく囁いたことなど宜野座は知らない。なにしろ彼は不貞腐れるように眠ってしまっていたのだから。
2012-11-21 22:09