インジャスティス3

 洒落た店でのウインドウ・ショッピングの経験など、今まで生きてきた二十八年のなかで、まったくと言ってよいほど無かった狡噛が、執行官にまで堕ちた身でありながら、女と連れ立って買い物にゆくなどと、誰が思うだろう。少なくとも狡噛はそんなことを思っていなかった。
 嫌われていないとしても好かれてはいないだろうと考えていたのだ。あまりにも予想外だったのである。

 仕事ではないのだからスーツを着てくるな ときつく朱に申し付けられ、困り果てた挙げ句、狡噛はジャケットからシャツからボトムスから、上から下まで全て黒で統一して、朱が待つ地下駐車場へやって来た。
 そんな姿でやってきた狡噛に、朱は一瞬きょとんとした後、耐えきれないと言ったようすで笑った。

「女の子とのデートにその格好はないでしょう」
「すまん」
「まるで死神みたいじゃないですか、狡噛さんたら」
「あながち間違っちゃいないだろう、死神」

 おどけたように笑って狡噛が車に乗り込むと、「笑えないですよ、それ」と朱は苦笑して、車のエンジンをかける。行き先はノナタワーから然程遠くないショッピングモール。
 オートメーション化された一帯は、運転者がハンドルを握る必要もなく、安全確実に目的地まで到着する。朱はぼんやりと外の景色を眺めながら、時折、手鏡を覗いて前髪を直したりしている。
 ああ女なのだなと狡噛は思った。無理矢理朱を抱いておきながらおかしな話だが、普段の生活において、狡噛にとっての朱は上司でしかなかったし、朱も狡噛のことを部下としか思っていないはずだった。その上下関係を越えることは、あくまで無い。
 だが今の朱は、愛らしい恋人かなにかのようだった。普段より僅かに濃い色の口紅、薄く赤が差す頬、たっぷりとしたプリーツのフリルスカート……。なんだかむずむずする、と狡噛は思った。気の利いた言葉でもかけてやるべきだろうかと考えあぐねていると、「そろそろつきますよ」と朱が声を上げた。ショッピングモールのアドバルーンが、遠くに見える。

 あの服がかわいい、この服がかわいいと、結局はホロ外装でいくらでも好きなように変えられてしまうのに、わざわざショッピングモールに出向いて、買い物をする女という生き物はなかなか億劫なのだな……。狡噛は朱が買い込んだ荷物を抱え、ベンチに座りぼんやりと珈琲をすすっていた。『狡噛さんはここで待っていてください、わたし一人で買いたいものがあるので』……下着でも買いに行ったのだろうか。

 カップルや家族連れが通りすぎてゆくのを特に意味もなく眺めている。まさか潜在犯がこんな所で暢気に珈琲を飲んでいるなどと彼らは知らんだろう。狡噛自身、こんなところにいると、自分は普通の人間なのではないだろうかと錯覚することさえある。しかし彼の犯罪係数はやはり彼が「異常」であることを示していて、猟犬であることを証明しているのだ。
 もし自分が執行官に堕ちることもなく朱と出会えていたら、あんな風に「普通」を享受できていたのだろうか。意味のない妄言だとひとり自嘲する。

「おまたせしました、狡噛さん」

 狡噛が珈琲を飲み終える頃、朱は洒落た黒の紙袋を提げ戻ってきた。そして狡噛が口を開く前に、間髪入れず、その紙袋を目の前に突き出して見せる。

「よければ貰って下さい」
「は、……」
「狡噛さんに似合う色を選んできました」

  それは濃い赤のストールだった。デザインはシンプル、ハッキリとした色合いのわりには派手ではない。これなら確かに狡噛によく合うかもしれなかった。
 首にするりと巻いてみると、朱の手がストールを取って、形よくそれを整えた。

「ん……、……悪くない」
「もう、そういう意地悪な言い方」
「すまん。ありがとうな、常守。……嬉しいよ」
「喜んでくださったならよかった。狡噛さんには赤が似合うから、どうしても身に付けてほしくて」

 無邪気に笑う朱の言葉の真意を、狡噛が知ることはない。首から垂れた一筋の血液のようなそれに、朱が欲情していることさえも。

2013-02-02 18:59