インジャスティス2



 廃棄区画に若い女を連れ込み、複数人で強姦を働いていた男達がいた。廃棄区画とはいえ多くの住民達が住み着くその場所は、住民の手によって違法建築が重ねられ半ば迷宮化しており、監視官や執行官でさえ迂闊に深くまで入り込めぬような魔窟となっていた。
 こうなってしまうと、最早男達をなんとかして誘き出すしか方法はない。流石の狡噛も気が進まなかったが、弥生、あるいは朱を囮に立て、男達を魔窟から引き摺り出すという作戦がとられることとなった。
 男達が今まで襲ってきた女達は、朱と似たあどけない顔立ちの、ショート・ヘアの女が多かったが、当然このような事案の囮に監視官を立てるわけがなく、話は弥生が囮となることで進められていた。しかしあるとき朱が「私におとりをやらせてください」と宜野座に懇願し、事態はすこしばかり変わってしまった。

「何を馬鹿な」
「お願いします、宜野座さん。私も刑事のはしくれです。お役に立たせてください」
「役に立つ、立たない、の問題じゃない。監視官は猟犬に命令を下すのが仕事だ」
「分かっています。無茶なお願いをしていることも理解しています。理解したうえで頼んでいるんです、宜野座さん」
「……また、何故いきなり、君はそんな事を」

 ふうと溜め息をつきしばらく考え込んだのちに宜野座はあきらめたように首をゆるゆると振った。

「万が一の時、君自身の手でドミネーターの引き金をひかなければならないが」
「……大丈夫です。うまくやります」



 ――結果を言うとすれば、朱は『うまくやった』。
 朱が連れ込まれた廃屋に狡噛が突入したとき、最早そこには、朱以外に呼吸するものはありはしなかった。濁り、淀んだ空気の中に、鉄を含んだ生臭いにおい。嗅ぎ慣れたにおい。
 部屋の真ん中に、赤いシフォン地のワンピース・ドレスを纏った朱が佇んでいた。狡噛は一瞬思考をめぐらせ、はた、と気付いた。朱が着ていたワンピースは、狡噛が見たときには白かった筈だというのに、なぜ今は赤いワンピースを着ているのだろうか……。


「狡噛さん、すみません、私がもう済ませてしまいました。」

 べったりと赤黒い体液が付着したドミネーターを丁寧にビニールにくるみながら朱は言う。まるで生活ごみを捨てるかのように言うのだ。くるんだドミネーターをやや大きめのファー付きバッグに押し込み、それから朱は、ワンピースの端を掴んでぞうきんでも絞るようにした。
 朱の指の隙間から液体が垂れる。コンクリートの床にしみこんでゆく。ボタボタと落ちたそれは間違いなく、血液だった。それも、もちろん朱のものではない。男達が処分された成れの果てだった。
 月明かりが壁の隙間から差し込む。朱の顔を照らす。汚ならしい、強姦魔の血液を、一身に浴びた、朱の顔を、……
 狡噛は思わず目を背けた。息が荒い。自身が間違いなく興奮していることを理解していた。

「狡噛さん、興奮してます?」
「別に」
「嘘。だって勃ってますよ」

 (狡噛さん、わたしとしたい?いまここで、したい?血の中で埃の中で煤けたコンクリートの中でぬるい空気の中で誰か見ているかもしれない此処で私と私の体と私という女とセックスしたい?……)朱は、あどけない少女のような顔で、ただ狡噛をじっと見ているのだった。
 彼女はその件以降、ドミネーターのトリガーを引くことを躊躇わなくなった。狡噛と朱の関係は、それからもなにひとつ変わらず続いている。


2012-11-30 02:08