もしふたりが同級生だったらの話
捏造しかありません
神取鷹久の野望は未読です
P4GAの足立の過去話はあまり考慮していません
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――いや、でもさぁ、本当に驚いたよ。「死体を埋めるから手伝って欲しい」だなんてさ、冗談だと思うだろ、普通。今だから言えるけど、内心ビビってたよ。君が女ひとり位なら余裕で入りそうな、バカでかいボストンバッグを持ってきた時は。
あれは卒業式の前日だったよねえ。登校する三年生なんかほとんどいなかったし、生徒会の引き継ぎなんかとうの前に終わってたってのに、君はどうしてか、いつも生徒会室に残ってたでしょ?……いや、どうしてか、なんてのは流石に白々しいな。君が風紀のために後輩から取り上げたタバコやなんかを、風紀の象徴みたいな生徒会室でわざと吸っていたことは、僕もよぉく知ってるからさ。
僕が煙をわざとらしく手で払って、「君って案外、そういう所はガキっぽいよね」なんて嫌味を言うと、君は少しだけ笑って「だって僕達、ガキじゃないか」なんて答えたよな。『僕達』、だなんて巻き込むなよと思ったもんだけど、まぁ確かにガキだったよ。僕も君も、自分以外の人間は全員馬鹿だと思っていたしさ。ま、僕は今でもそう思ってるけど。
「で、何の用?神取鷹久君。卒業式の前日に呼び出しなんてさ。まさか告白でもしてくれるってワケ?」
「まさか。もしかしてそういう事を期待していたのかい?」
「うへえ、きもちわる。冗談でも言わないでくれる?そんな事」
コーヒー缶に吸い殻を押し付けてから、君は少しの間、窓辺に立ってぼんやりと外を眺めていた。夕焼けがイラつくほどまぶしかった。思えば僕たちが会っていたのはいつもこんな空だったし、君がどんな顔をしているか、夕焼けのせいで分からないことも多かったよ。あの日だってそうだった。君がもし驚くような間抜け面をしてたって知りようがなかったワケだけど、でもその時ばっかりは、珍しく言葉を選ぶために考え込んでいるように、僕には見えた。
「まあ、でも、……似たようなものかな。君にちょっとした頼みがあるんだ」
「頼み?」
「そう。足立君、きみ、今夜家を抜けられるかい?」
「君が僕に何をさせる気なのかにもよるけど」
「大した事じゃない。ただ、時間は少しかかるかな。一人でやるには手間でね。だから君の手を借りたい。駄目かな」
「だからさ、その内容によるって言ってるだろ」
君の表情はいつもと何も変わりがなかった。いつも通りの、いけ好かないスカした顔だった。そんな顔のヤツが言うことじゃないだろ?
「死体を埋めたいんだ。だから手伝ってくれるかい?」
だなんてさ。
僕、あのとき君になんて答えてたっけ?それだけが思い出せないんだよな。でもまあ多分、いいよとでも答えたんだろう。その日の夜、僕は親の目を盗んで家を抜け出したんだから。
埋めに行くものが本当に死体かどうかはともかく、僕はてっきり山か河原かなにかに、それを埋めに行くんだと思っていた。けれど君が指定したのは学校だったでしょ?ほんと、バレでもしたらどうしてくれるんだよって感じだったな。おまけに君ときたら上下しっかり黒で固めて、そのうえでかいボストンバッグを本当に持ってきただろ?これで驚くな、だなんて無理な話でしょ。そこで僕はようやく、こいつは本当になにかヤバいものを、わざわざ学校を選んで埋めようとしているんだと実感したんだよ。まあ、君は腹が立つほど察しがいいから、僕がビビッてたことだって、きっとお見通しだったんだろうけど。
そうそう、あの時は聞く気にならなかったけどさ、君、学校に入り込むのに随分慣れてたよね。物置場のフェンスが壊れかけてそこから簡単に裏庭に入れるだとか、そんな事普通は知らないよ?ふふ、もしかして他にも死体を埋めてたりするのかな。いや別に、責めようって事じゃあないんだけど。ただ、あんまりにも面白くってさ。君は本当はろくでもない奴なのに、あの学校の連中はそんな事、一切知らなかっただろ?そんなに面白い話ってなかなかないよ。君だってどうせ面白がってたんでしょ?馬鹿ばっかりだってさ。
そんな馬鹿しかいない場所だから、死体を埋めたって気付かれっこないって思ったのかな、君は。君が指さしたのは、裏庭の隅っこにある桜の木だった。壊れた脚立やひび割れたタイヤなんかが積んである場所だから、近寄る人間なんかほとんどいない場所だった。あの時期桜は丁度満開になっているはずだけれど、そこは日陰になりやすいせいか、まだ蕾のままだった。懐中電灯を向けるとそれがまた、妙に不気味だったな。
「ここに埋めるんだ?」
「ああ。他より土が少し軟らかいから掘りやすいんだ。……急ごう。時間はあまり無い」
それから穴を掘っている間、ずっと車の音がするたび僕の心臓は跳ね上がったし、遠くのサイレンの音で脂汗が止まらなかったし、草や木が風で揺れるたびに動きを止めなきゃならなかった。当たり前だろ?誰かに見つかりでもしたら言い逃れできないし、何だったらもう一つ、死体が増えてたところだよ。さすがに二人分の穴なんて掘れないしさ、ほんと、冷や汗物だったな。僕はそんな思いで必死になってたってのに、君はなんて事無いように作業を続けているんだからさ、ヤバい奴と知り合いになっちまったなと笑っちゃったよ。
「ねえ、これさぁ、どれ位掘ればいいわけ?」
「さぁ……?深ければ深いほどいい。でも限度はあるからね」
「掘り返されたら僕達やばいんじゃない」
「怖いのかい」
「べつに」
「逃げたい?」
「誰もそんな事言ってないだろ」
それからしばらく、何十分だったか何時間だったか、わからない位の時間、僕達はずっと無言のままだった。シャベルを突立てて、穴の外に土を放る。単純作業を繰り返すうち、バレたらどうしようだとか、ボストンバッグの中身だとか、君が一体何を考えて学校を埋める場所に選んだんだとか、ぐるぐると考えていたことは頭からすっかり消え失せて、ただ僕は「うまくやらなきゃ」という事を考えていた。
そんなときに君がぽつりとつぶやいた言葉は、多分これから先、何があっても忘れることはないんだろう。
「もう逃げられないんだよ。僕と君はもう共犯者だから」
ああ、その通りだと思った。僕は君の言葉に返事をしなかったけれど、君はやっぱり、分かってたはずだよね。分かっていたし、知ってて巻き込んだ。君と共犯者になれるのは僕だけだ。それはうぬぼれなんかじゃない、事実だってこと。
最後のひと掻きを外に捨てて、そこで僕はやっと腕時計を見た。長針がちょうど二周したところだった。まあ、朝までまだ時間があってほっとしたね。穴から這いずるように出て、僕がでかいため息をつくと、君は目を丸くして声を上げて笑った。滅多に見ない表情だったけど、君は自覚があったのかな?君もあんな風に笑う男だったんだねえ。今だったら携帯でいくらでも撮ってやったのにさ、ほんと惜しい事したよ、残しておけたらあの世に行ってもネタにしてやれたのに。
「何がそんなに可笑しいんだよ」
「いや、別に。何だか面白くてね」
「失礼なヤツだなぁ、誰のために必死に穴掘りしたと思ってんの」
特に謝罪もなく君は僕の肩を軽く労うように叩いて、それから脇に転がっていたボストンバッグを引き摺り、穴に蹴落とした。そういえば僕達はあれを埋めに来たんだと思い出して、僕もつい笑っちゃったんだよな。落ちた音ではあれの中身は分からなかったけど、柔らかいものが落ちたように聞こえた。
それから僕は、家を出る前に思い立って持ち出してきたものの存在も思い出した。ポケットに突っ込んできた鈍い色の金属の塊。三年間ですっかり色がくすんだ、僕がこの学校の生徒である証。僕の三年間の証と言ってもいい。
「ねえ、神取。これも一緒に埋めていい?」
「僕はかまわないが、本当にいいのかい?」
「記念だよ、記念」
もう死体を埋めるなんて事はないだろうからさ。叩きつけるように、僕は校章を穴に放り込んだ。まあ、ほら、あれは見栄もあったな。うちのガッコ、女子がよく、卒業生の校章を欲しがっただろ。だからさぁ、ほら。君も男なら分かるでしょ?……ああ、でも君は、そういうことに興味がないヤツだったよな。それにこんなことしなくたって、君の校章は無くなっていたろうし。ほんと、君は三年間ずっとイヤなヤツだったよな。君の校章は争奪戦になるんだろうし、僕みたいなヤツはそれを見てイラつくってわけだよ。
そんな感慨に耽っていたっていうのにさ、君ときたらそんな事お構いなしだもんな。ポケットを漁ってるのかと思えば、次にはもうなんの躊躇もなく、校章を穴に放り込んだんだから。
「げ、マジ?君も?」
「記念だよ」
「君、明日答辞読むだろ?校章無いのはまずくない?」
「ああ、いいんだ。僕もこうするつもりで持って来たんだから」
「僕たち気が合うね」。君が笑っていたのは、どういう意味だったんだろうね。まさか、君みたいな人が感傷で笑ったなんて思えないけど。ただ、いつもの仮面みたいな薄ら笑いとはまた違う、ちょっと寂しそうな笑顔に見えたよ、あれは。
少しのあいだ穴の中のボストンバッグを眺めたあと、僕達はその上に土を被せ始めた。校章は穴のどこに落ちたのか分からなかった。どうせ一緒に埋まっているのだから、どこに落ちたのかなんてどうでもいいことなんだけどさ。でも、何度もぎゅうぎゅう踏み固めながら埋めるうち、さっきまで持っていたものが死体らしきものと一緒に足元にある、ということが、何だか奇妙な事のように感じた。取り返しのつかないことをしてしまったな、とぼんやり思いながら、不思議と焦りはもう感じていなかった。その代わり、達成感も何もなかったけど。ああでも、開放感はあったかな。さっさと帰って寝たかったし。
「……あのさ、答えたくなかったら答えなくていいけど。これって結局、誰の死体なわけ?」
埋め終わる直前、僕は土を均しながら君に聞いた。君は特に考えるでもなく即答した。
「さあ、誰かな。僕にも分からない」
嘘や誤魔化しの言葉じゃなかった。少なくとも僕はそう思ったよ。多分、君は興味がなかったんだろうね。君が殺したにしろ、そうでないにしろ、もしくは死体なんて物騒なものじゃないにしろ、どんな物であったって、穴に落としたときからもう意味がないものだったんだろ?君にとっては。僕はさぁ、安心したよ。君がそういう人間でいる、ということにさ。
ショベルを叩きつけるように均して、ようやく僕達はその作業から開放された。穴を掘り始めてから、時計の長針は二周半していた。埋めるのは案外あっけなかったよな。でも体はやっぱりくたくたで、帰ってすぐにぐっすり眠れそうだと思った。
これから先、埋めたものがバレないかどうかは神のみぞ知るってヤツだろう。でも僕はなんとなく、きっとバレやしないと根拠のない自信を感じていた。君もそうだったんだろ?だって僕達、自分以外の人間をバカだと思ってるヤツだからさ。
もうあれから10年ほども経ったけど、あの学校の裏庭から物騒な物が出たなんて話は聞いてない。だから多分、僕達、うまくやれたんだ。あの場所はきっと、ほとんど変わらずにそのままだろうし、これから先も見つからないと思う。多分ね。
……ねえ、神取鷹久君。君の骨、ここには無いんだってね。骨や死体のない墓に話しかけるなんて、こんな無意味なことってきっと無いんだろうな。『神取家の墓』だなんて笑っちゃうよ。でもさぁ、僕はむしろ、君がここに埋められていなくてよかったと思ってるんだよね。僕は、君がどうして死んで、なぜここに骨が無いのかなんて少しも興味がなくて……でも、君がここに葬られない限り、僕にとって、僕達にとっての墓は、ずっとあの桜の木であり続けるだろ。たった『三年間分の僕達』を埋めたにすぎないけれど、何もないこんな墓(ハリボテ)よりもずっとマシじゃない?
感傷的なのは気持ち悪いから嫌いだけどさ、でも少なくとも僕は、あのとき君とボストンバッグを埋めることができてよかった、だなんて思ってるわけ。気持ち悪いよな、ほんと。自分でも吐きそうだよ。君のことは最後まで好きになれなかったけど、共犯者と同じ墓に入る気分ってのは、まあ悪くはなかったね。だからさ、僕が死ぬときも、こんな狭っ苦しいところなんかに入れられないように死んでやるよ。それでようやくだ。ようやく、『三年分の僕達』を埋めた桜の木が、墓標として完成するんだ、きっと。
だからせいぜい、君はあの桜の木の下でずっと待ってるといい。それでまたいつか、誰かの死体が入ったボストンバッグを、今度はあの桜が満開になった頃に埋めよう。一緒にさ。