※生理の話 嫌な予感がした方は引き返してください 「薬は」 「の、飲みました」 「……次からは処方を変えてもらえ」 「う、……は、い」 これほどまでに女に産まれたことを恨めしく思う日はそうそうないと朱は思った。作るかどうかすら分からん子供のために、女という生き物は毎月股から凡そ100mlの血を垂れ流さねばならない。 科学技術が進歩した現代においても風邪をひく人間は相変わらずいるし、そして今の朱のように、子宮内膜がはがれおちる傷みに苦しむ人間もいる。生物にうまれた限り仕方のないことだった。痛みを緩和させる効果は向上しているのだろうが、やはり薬はただの薬で、原因を根治させるには至らないのである。 朱は健全なメンタル同様肉体的にも健康なおんなであった。しかしながらやはり「おんな」だった。 (女は傷みに強いだなんて言うけれど……、)腹部のにぶい傷みに顔をしかめながら朱はため息をつく。滅多に生理痛などに襲われやしないのにと、途方にくれていた。 狡噛を伴い備品室に向かう際、廊下の中程で朱は動けなくなった。下腹部を押さえたまましゃがみこんだ朱に狡噛は一瞬目を見開いたが、彼女が痛みを訴える前に何かを察したようで、直ぐさま通信端末でどこかに連絡をとっていた。察するに弥生あるいは志恩であろう。 朱がしゃがみこんだその場所は調度空調用のファンがカラカラと回り空気を送り出しており、少々冷えた。狡噛は上着を脱いで朱にかけてやる。 「すみません、情けないです、私。いつもはこんな風じゃないんですけど」 「ストレスが原因だろ。……ここ何日かは特に」 「……狡噛さん、私の色相、濁ってますか」 「俺なんかよりずっと澄んでる。安心しろ」 朱の色相は普段、よく晴れた日の空よりも、あるいは澄みきった海よりもクリアな色に保たれていおり、その事だけは狡噛も感心していたが、今は灰白色に色づいている。その僅かなメンタル面の変化は、確実に朱に影響を与えていた。 「今日は小言を言う奴が居なくてよかったな。今度からは気を付けておけ」 「はい……。ご迷惑おかけしました」 それきり朱は小さく唸り声を上げて顔を伏せてしまった。つらさよりなにより、朱は恥ずかしくてたまらなかった。屈辱にも近い。顔が火照るのが朱自身よく分かった。 狡噛は無愛想だが優しい男だ。ただその優しさが今はつらい。いっそ無神経な事でも言ってくれたら怒ることができたのにと朱は思った。 「……あー……。あんた歩けるか?医務室に直接来てくれとさ」 「……はい、なんとか」 狡噛は端末をポケットへ、朱は脇を抱えられふらふらと立ち上がるも、足取りはおぼつかない。貧血もひどいようだった。女なんかに生まれなければよかったという一点だけが朱の頭の中をぐるぐると巡る。 一方狡噛は朱を支えたまま、困ったように僅かに眉尻を下げた。狡噛はおんなでないから彼女のくるしみが分からない。かと言ってここで『男』の狡噛が不用意に言葉を投げることも、まともな神経であればできやしないことだった。尤も、彼らはまともでない猟犬であるのだが。 朱がふたたび申し訳なさそうに顔をふせたとき、狡噛はなかば溜め息のような息を漏らして、 「こ、狡噛さん」 「おぶってやる。早くしろ」 朱の前に膝をつき背を向けたのだった。 「そ、そんな、恥ずかしいです、から」 「言ってる場合か。恥ずかしいならさっき寄越した上着を被ればいい。さっさと医務室で処置した方があんたも楽だろう」 「それは、そうですけど、でも……」徐々に声が小さくなってゆき、やがて諦めたように、朱は狡噛の背に身を委ねた。 軽々と朱の身体を上げ狡噛はすたすたと歩いてゆく。彼は成人女性を背負っていることなどなにも問題にならないようだった。 誰かに背負われたのなんていつだったか、小学生の頃、父親に背負われたきりだったかもしれない。 やはり男はうらやましい。女に出来ないことだって出来る。本当に、うらやましい。いっそ狡噛になれさえしたら、いいのかもしれない。けれどそうなってしまったら、こうして背負ってももらえないのだな。記憶の父親の背より広い狡噛の背中の上で、朱はぼんやりとそんなことを考える。 「狡噛さん」 「ん」 「私、女もそんなに悪くないなって、今思っちゃいました、えへへ」 「馬鹿。これが最初で最後だ」 狡噛の表情を朱がうかがい知ることはできなかったが、その声は確かに優しかった。 *** これ打ち終わったあとにそういえば朱ちゃんタイトスカートだったなって思い出しました 2012-10-22 02:24 |