狡噛慎也が常守朱を初めて抱いたのは丁度三ヶ月前のことだった。少なくとも狡噛はそう記憶している。 その日の狡噛は随分と神経が昂っていた。そういうことは彼にとっては珍しくなかったし、トレーニングで気を紛らわすなり、自慰をするなりしているのだが、運悪くその日は当直であり、さらに運の悪いことに朱と二人きりというありさまで、狡噛は苛立ちとも興奮とも言えない神経の昂りを抱えながら仕事をこなさねばならなかった。 直前の事件で狡噛はリーサルモードのドミネーターで人を撃っていた。有り体に言えば人を殺していたのである。 狂犬の渾名に違わぬ男である狡噛は、人を殺した後興奮していることが多い。たとえば命乞いをする潜在犯を撃った後。たとえばたっぷりと返り血を浴びた後。上げればきりがないが、兎も角、彼はそういう点において、間違いなく潜在犯なのである。その事をよく知る執行官仲間は限り無く淀んだ彼のサイコパスを、決してからかったりはしない。血のにおいに神経を昂らせ、性的に興奮をする。狡噛という男はそういう性の持ち主だった。 暇を持て余した朱がファッション雑誌にぱらぱらと目を通している、その真反対のデスクで、狡噛はつとめて冷静を装っていた。ぎらつく瞳を朱に悟られぬよう、煙草をふかしたり、興味のない雑誌に目を通したりして、自身の神経の昂りがおさまるのをただただ待っていた。 だがそれも徒労に終わってしまった。いくら洗ってもなかなか落ちない、(狡噛にとって)噎せかえりそうな血のにおいと、女特有の男に媚びるような甘さを纏って、朱は狡噛の傍にやってきたのである。人懐っこそうに笑いながら。 何の用事で朱がやって来たのだったか、三ヶ月経った今、狡噛はもうすっかり忘れてしまった。ただあの時、昂りに身を任せ、朱をらんぼうに抱いてしまった事だけは覚えている。ろくな愛撫もせずに、噛み付くようなキスで彼女の口を塞ぎ、それから彼女を犯した。慣らしていない膣口は狡噛のペニスを拒んでいたが、それでも無理矢理に押し入った。そして朱の処女は何の価値も無いかのように散らされてしまった。狡噛の手によって。 朱の腹に何度も射精して、それからどう始末をつけたのか、それすらも狡噛は忘れてしまっていた。朱はあのとき泣いていたのか、それとも憎悪に満ちた瞳で狡噛を睨んでいたのか、あるいは両方だったか。最早狡噛にはどちらでもよいことである。 三ヶ月経った現在でも狡噛と朱の肉体関係は続いている。別に恋人同士でもないのに、朱は狡噛に抱かれ、狡噛は朱を抱き、快楽を得ている。愛だとかを囁き合うこともなく、ただただセックスに溺れてゆくさまは、犬の交尾のようだった。 しかしこんなげすじみた穢らわしい行為にずぶずぶと堕ちているというのに、朱のサイコパスは不思議と濁る気配を見せなかった。狡噛を避けるような素振りもほとんど無かった。彼女のこころは何も変わらずきれいなままだった。ただ肉体だけは、狡噛という男に蹂躙された。その事実を知るのは狡噛だけ。彼だけが、朱のまっさらな色相の中に黒い点を落としている。 これは首輪なのだ。朱も狡噛も互いに首輪をかけ合って、互いが互いを縛り付けている。この関係に。 狡噛はいまのところこの関係を終わらせるつもりはなかった。朱が拒まないのであればという言い訳をしながら彼はまた彼女を抱く。ただ、狡噛はいまだ知らない。自身の中に執着という感情が燻っていることを。 2012-10-29 12:33 |