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石動さんがマクギリス(特務三佐時代)と知り合ったばかりのころの話です。
二人が喫煙するなど捏造がひどいので注意してください
マクギリスと石動さんのカップリングの話ではありません
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……ああ、しまった。まずい人に見つかってしまった、と石動は思った。モビルスーツ3番整備ドッグの隅のテラスに、小さくパーテーションで簡易的に仕切られたスペース。そこで石動は、自身の上官であるマクギリス・ファリドと出くわしてしまった。
石動が感じた『まずさ』とは、彼が仕事をさぼっていたからだとか、決してそういった事ではない。彼は自身の休憩時間をしっかり管理し、その通りに休息を取り、仕事も時間きっちりにこなす男だからだ。問題は、彼がいままさに火を灯そうとしていたそれにあった。
メンソール入り、タール量は12mg、ニコチン0.8mg。副流煙が重篤な呼吸器障害を起こす可能性のある嗜好品。粗悪な商品が貧困層の娯楽として出回ることが多いそれ。ギャラルホルン内の施設では基本的に吸うことを許されないもの。それどころか品性の粗悪さすら疑われかねないものだった。
石動はつとめて冷静にふるまった。そう振舞わざるをえなかったというべきか。いま火を灯そうとしていた煙草をぐしゃりと潰し捨て、ライターはポケットの中へと突っ込む。
「申し訳ございません。見苦しいものをお見せしました」
頭を深く下げた彼に、マクギリスの表情はうかがい知れない。ただマクギリスは彼に激怒することも、叱りつけることもなく、トントン、トントンとつま先で床を叩き、何かを考えているようだった。
罰を与えるならば早くして欲しい。石動は彼の言葉を待った。普段、紳士のようにふるまう彼も、どうせ自身を卑しいと罵るだろう。後ろ盾を持たないコロニー出身者としてギャラルホルンに入った頃から、そんなことは慣れていた。ただ、自身の貴重な休息の時間が無駄に消費されることだけが気になっていた。
しばらくして、ようやくマクギリスが口を開く。しかしその言葉は、石動にとって信じ難いものだった。
「私にも一本くれないか?」
「……驚きました。特務三佐もこんなものを吸われるのですね」
肺一杯に有害物質を吸い込んで吐き出す。紫煙が立ち上り、テラスから流れ出るように消えていく。マクギリスは摘むようにしてたばこを取り唇から離すと、自嘲するような笑みで石動を見た。
「学生時代に覚えた。だが私の婚約者が嫌がるだろうと思ってね。女性はそういうにおいに敏感だろう。だからもう何年も吸っていなかった」
「そうですか。私も一度はやめようとしたのですが……」
話の続きを語るように、石動はふたたび深く煙を吸い込んだ。溜め込んだ煙は僅かに彼の口元から漏れ出る。ふうと強く息を吐き出すと、雲が生まれるように煙は空へ上った。
「しかし、石動。私は君にも驚いているんだ。品行方正な君がまさかね」
「若気の至りという奴ですよ。特務三佐と同じです」
「そうか。まったく男とは難儀だ」
からからと笑い、マクギリスは灰を床へと落とす。よく見ればコンクリートの床には、いままでそこで落とされてきた煙草の灰が、ところどころ、床を薄く覆うように積もっている。美しいギャラルホルンの施設の一角に、こんなにも汚らしい場所があるとは誰も思わないだろう。だからこそ石動はこの場所を気に入っていた。この場所は、ギャラルホルンにあって「品性の粗悪さ」を糾弾される身分の者たちが、こうして息抜きをするためだけに用意した隠れ家だった。
「初めて煙草を覚えた日、煙の匂いを纏って帰宅した私に父上は激怒した。それが面白くてたまらなかった。だからしばらく吸い続けていた。君は?何かきっかけが?」
灰を靴で磨り潰しながらマクギリスが言う。セブンスターズの一角であるファリドの姓を持つ者とは思えないふるまいだった。石動はそんな彼に苦笑し、彼に習うようにして、床に灰を落とした。
「……はずかしい話ですが、当時付き合っていた女性の好みです。悪いものにあこがれる年頃でしたから、煙草を吸う男がかっこいいと。ですが次に付き合った女性は煙草のにおいをひどく嫌っていたのです。それでも私はやめることができませんでした」
「成程。お互い女性で苦労するな」
「ええ」
テラスから見える風景は一面の人工森林。3番ドッグで整備されたモビルスーツは、この人工森林でテストが行われ、ふたたびパイロットと戦地へ赴くこととなる。あれらの森林は、空気の浄化を行えないハリボテと、実際に生きているわずかな植物達が混生しているものにすぎない。それでもいくばくか気分が和らぎ、空気が新鮮に感じられるのは、人間が視覚情報をいかに頼りに生きているかという証左だった。
ならばこの男はどうだろう。マクギリス・ファリドという男は。石動は思考する。
上品な顔立ちに上品な所作。決して声を荒げることもなく、常に自信に満ち、しかし驕りのあるふるまいは見たこともない。それが石動の知る、マクギリス・ファリドだった。だが今の彼はどうだ。紫煙をくゆらせ、落とした灰を踏みつけ、やさぐれた子供のようにテラスの柵に身をゆだね、ぼんやりと空を見上げている彼は。
「……そういえば、特務三佐は何か御用があって来られたのでは?」
「ああ……」
マクギリスは煙草を咥えたままうわごとのような返答をする。煙草はすでに燃え尽きかけていた。
「いや、……もういいんだ。私の用は達成されている」
「は……」
今度は灰のように、床へと吸殻を落とすことはなかった。殻入れ代わりの金属バケツに吸殻を擦り付けて、ぐしゃぐしゃと丁寧に潰し、マクギリスは正しく始末を行った。
「君と私はよく似ている。それが知れただけで充分だ」
石動がその言葉の意味を知ることになるのは、また少し先、別の話となる。
しかし、
「次はメンソール入りでないものを頼むよ」
……そう軽口を叩くマクギリスの笑顔は、確かに子供のようだった。