転載元:https://privatter.net/p/2277636
※再編集したものをこちらに収録しています
『大好きなマッキーへ
突然こんなものを送ってごめんなさい。どうしてもマッキーに何かしたくて、これを書きました。』
拙いが丁寧な文字だった。
ある日マクギリスに届けられた郵便物は、彼の掌ほどの小包と、今となっては道楽ですらほとんど使われることのない、紙媒体の文書――ごく個人的な要件に用いられることが多かった――である、所謂『手紙』というものだった。
封筒と便箋にはそれぞれ、主張しすぎないよう薔薇の花がふたつ、隅に印刷されていた。薄紫の紙によく映えたそれは、どこかマクギリスの友人、それから彼の婚約者を思わせる。
『いまこの文を書いている紙はびんせん、と言うそうです。それから、この紙を入れていた紙をふうとう、と呼ぶそうです。
マッキーは知っていましたか?私は知らないことばかりでした。マッキーに何かしてあげたいと悩んでいる私に、メイドの一人がこれを、お手紙という方法を教えてくれたのよ。
メールではダメなの?と聞いたのだけれど、昔の人はこうやって、手書きで気持ちを込めることで、たいせつな人に心が届くようにと祈って送っていたそうなの。
あまり上手な字じゃなくてごめんなさい。練習して、もっときれいに書けるように頑張るわね。……』
『体調はどう?マッキーは弱音を吐かないから、少し心配しています。からだが資本なのだから、時には休むことも大事なのよ。(お父様が言っていたことばです。資本ってなあに?)』
『紅茶をいれるのも、とても上手くなったのよ。紅茶っておもしろくって、色んな種類を混ぜ合わせて淹れると、味が魔法みたいに変わるの。今度とびきりのブレンドをマッキーにごちそうしたいな――』
「マクギリス、入るぞ」
便箋の上を滑っていたマクギリスの視線がつと止まる。顔を上げれば、成人男性にしてはずいぶん人懐っこそうな、見慣れた顔がそこにあった。
「ガエリオ。ベルくらい鳴らしてくれないか」
「すまんすまん。でもお前ももう慣れてくれ」
ガエリオはからからと笑って執務室のソファに深く腰掛けた。彼は礼儀のない男ではなかったが、親友に対してだけはそうではないようだった。こうして学生時代から何も変わらないように、ベルもノックもせずにマクギリスの執務室にふらりと入っては、彼に眉を顰められている。
マクギリスは便箋をさりげなく伏せたが、ガエリオの目をあざむく事はできなかったらしい。ソファから立ち上がることはなかったが、上半身をめいっぱい伸ばし、机の上のものをなんとか見てやろうと狙っているようだった。
「……お前宛に荷物だなんて珍しいな」
「そうだな」
「誰からだ?ずいぶんかわいらしいラッピングじゃないか。まったく隅に置けないやつだぜ、これだからマクギリスは」
「勘違いはよくないな。これは私の婚約者から届いたものだ」
「は」
ガエリオは目を猫のように丸くする。
「アルミリアから?一体何を」
「手紙だ。ずいぶんいじらしい事をしてくれるだろう、私の婚約者は」
「はあーっ、手紙ねえ……。ずいぶん古風なことを」
「読んでいる途中だった。無神経に義兄上が部屋に入ってこなければ、」
「だからすまんって」
アルミリアがねえ、あのお子様がねえ、……。ガエリオはソファから立ち上がり、ぶつぶつと何かを唱えながらぐるぐると部屋を歩いている。さきほどは猫だったが、今度は犬のようである。マクギリスは呆れ顔でしばらくその様子を眺めていたが、ガエリオはやがてぴたりと立ち止まって、ぽりぽりと気まずそうに頭を掻いていた。
「あー、俺戻る」
「用事があったんじゃないのか」
「いいよ別に。どうせヤボ用だ。お前、今すぐにでも手紙の返事を書きたいだろう?」
「なぜそう思う」
「顔にそう書いてある。お前はアルミリアが絡むとわかりやすい顔をするからな」
お前みたいな色男に愛されてアルミリアは幸せだぜ、とからかいの言葉を置いて立ち去る友人の背中を見つめながら、マクギリスは自身の頬に触れ、首を小さく傾げていた。
『――封筒と便箋をそれぞれ五枚、一緒に送りました。よければお返事をください。
私はいつもマッキーを愛しているし、応援しています。無理はしないでね。
アルミリア・ボードウィン』
さて、返事を書かなければならない。紙にペンで文字を綴るなどしばらくぶりで、マクギリスはペンを探すのに少しばかり難儀した。ようやく引き出しの奥から引っ張り出したのは、ずいぶん昔に何かの記念として配布されたボールペンだった。これではあまりにも粗末だと独りごちながらも、仕方なく手にとって、便箋の一行目にペン先を置く。
愛するアルミリアへ――そう書き綴ろうとしたが、マクギリスはその文字列を書きはしなかった。ゆるゆると頭を振り、「違う」と小さく呟いて、別の言葉を書き記していく。
『私の大切なひと アルミリアへ
手紙ありがとう。君が私のために時間を割き、手紙をしたためてくれたこと、とても嬉しく思うよ。
紙は好きだ。温かみがあり、手触りもタブレット端末では比べ物にならないほど心地がいいからね。だから、私からも君に手紙を送れることが楽しくてたまらないんだ。君が贈ってくれた封筒が無くなるまで、私も君に、こうして手紙を送ってもいいだろうか。
君をいつも不安にさせて申し訳なく思っているよ。そして、私も君と出会えないことが少し不安だ。張りつめた生活の中で、君の笑顔は私にちからをくれる。…………』
律儀に便箋一枚分、マクギリスの美しい文字はすべての行を埋め尽くした。
速達で出すように、と部下にいいつけ出した返事だったが、手紙が婚約者に届くのはいつになるだろう。なにしろ彼はいま地続きの場所ではなく、母なる大地よりはるか高い、重力がほとんど及ばない場所で職務をこなしているのだ。
『大好きなマッキーへ
お返事ありがとう!とってもとっても嬉しいわ。
今日は便箋の柄を変えてみたわ。クローバーの柄よ。マッキーに幸運が訪れますようにって祈って……。』
『大切なアルミリアへ
素敵な便箋ありがとう。私もなにか送ることができればいいのだが……。君にはいろいろなものをもらってばかりだ。地上に戻ったとき、君にたくさんのものを贈りたいと思う』
『お庭の花が少しずつ咲き始めているの。マッキーにも見せてあげたいな』
『もうそんな季節になるのだね。花冠を君が作ってくれたこと、ずっと覚えているよ』
『マッキーはどんなお仕事をしているの?お兄様に聞いても「正義の味方だ」としか答えてくれないの。私だってボードウィン家の娘ですもの、ちょっとくらい知っておきたいわ』
『その質問はひどく難しいね。ひとつだけ言えるのは、私も君のお兄さんも、君が幸せに生きていける世界のために働いているよ』
『次はいつ地球に戻れるの?早くマッキーに会いたいわ』
『私も君に会いたいよ、アルミリア。近いうちに必ず』
『お庭の花が満開になったわ。また花冠を作ってあげるね。マッキーも私のために作ってくれる?』
『私は器用ではないから、上手く作れないかもしれないな。けれど君が望むなら』……
アルミリアとの手紙のやりとりが四通を過ぎ、とうとうマクギリスの手元には、便箋と封筒が一通ずつになった。
アルミリアからの五通目の手紙が届いたのは、四通目からひと月半ほど経ってからだった。ほぼ二週間おきにやりとりしていたいままでとは違い、ずいぶん遅れて届いた手紙だった。気がうつろいやすい年頃だから、きっと飽きてしまったのだろう……と考えていたマクギリスは、少しばかり驚いた。封筒は少し皺が寄り、なにか水を零したような跡もある。
何にせよ手紙を読み、返事を出さなければならない。マクギリスには、まだ彼女にラブレターを送るための道具が残っている。
『私の旦那さま、私の大好きな人、マッキーへ
遅くなってごめんなさい。私からマッキーに送るお手紙は、これが最後です。
……あのね。
あのね、マッキー。最後のお手紙なのに、こんなことを書いてしまう私を許してね。
何かしてあげたくて送ったものなのに、これから、わがままなことを書きます。
……マッキーは、私のことを愛してくれている?私はマッキーのことを愛してる。私のすべてはあなたのものだって、大きな声で言えるもの。
でも私のお友達がね、言うの。マッキーから私に送られてきた手紙には、「愛してる」って言葉が書かれていないって。
こいびと同士の手紙なのに、愛してるって言葉がないのはおかしいって。
やっぱり子供じゃ、大人の恋人にはなれないって。
なんて失礼な人なの、と思ったけれど、でも、マッキーからのお手紙を何度見返しても、なかったの。
ごめんなさい。私、お友達に自慢したくて、手紙を見せてしまったわ。本当にごめんなさい。
けれど不安になってしまったの。マッキー、あなたは、私を婚約者として愛してくれている?
あなたはとても私を思い遣ってくれている。それだけで幸せだし、欲張りはいけないことだ、ってそうやってお父様にも教えられて育ったわ。
けれど、私は愛されたい。あなたに愛されないなら、愛されるように頑張りたい。
マッキー、私のこと、愛してくれている?…………』
マクギリスの普段の姿を知っているものが見れば驚くだろう。なにしろ彼は普段、凛々しく颯爽とした所作の偉丈夫であったし、ましてや職務中などは、その表情を緩く崩すことはほとんどありはしないのだ。
そんな彼はいま、執務室で口元を緩め、柔らかく笑っている。
「アルミリア、きみという女(ひと)は」
ペンを執り、つづる一行目はやはり「愛」ではなかった。
『私の妻、私の大切な人、アルミリアへ
これが最後のやりとりになるのだね。少し寂しく思うよ。
アルミリア。きっと君の友人は、私のことをよく知らないのだろうね。そして、君のことも。
気持ちは言葉にしなければ伝えられないが、言葉にすることはひどく難しいと、私は思う。君は自分にできる精一杯の言葉を使って私に愛を示してくれたね。だから私もそうしようと思った。
……君の友人は私を大人だと言ったそうだが、決してそんなことはない。私だっていまだに子供なんだよ。つまり、私が言いたいのは、好きな女の子の前では格好をつけたくなる……そういうことなんだ。
君が与えてくれる一所懸命な愛には、私の吐き出すような「愛」では釣り合わない。ならばどうすればいいのだろうと考えたのだけれど――君を不安にさせてしまったのだね。
愚かな男ですまない。君を悲しませた私こそ謝るべきだ。
近いうちに地上に降りる。そのとき君に、私の愛を示すよ。
きみの夫 マクギリス・ファリド』
次に地球に降り立つのは二週間後だ。マクギリスの手紙が届くのが先か、マクギリスが彼女に逢えるのが先か、どちらなのかは不確かだ。だがどちらにせよ、赤い薔薇をたくさん、驚くほどに携えて彼女に逢いに行こうと、マクギリスはそう考えていた。
窓の外を見遣ればすぐにあるというのに、地球は存外遠い。二週間とはかくも長く待ち遠しいものなのかと、マクギリスはひとり、苦笑いをこぼしていた。
「こんなにも地上が恋しい事はない」
ガエリオが今の言葉を聞いたならば、きっと馬鹿にしたように笑うだろう。なにしろ今のマクギリスの顔は、まるで恋を知ったばかりの少年のようだったからだ。